鬼滅の刃の中でも屈指の人気を誇る上弦の参・猗窩座(あかざ)。
圧倒的な武闘派の鬼として登場する彼ですが、その背後には深い悲しみと哀しい愛の物語が隠されています。
なぜ猗窩座は女性を殺さないのか?恋雪との切なくも美しい関係とは?そして、最期の瞬間に彼が見せた涙の意味とは――。
この記事では、猗窩座の過去、人間時代の本名、名前の由来から壮絶な最期まで、名言・名セリフを交えて徹底的に解説します。
知れば知るほど心を打つ、猗窩座というキャラクターの全貌に迫ります。
猗窩座の壮絶な過去・恋雪との関係
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『鬼滅の刃』の中でも、ひときわ印象的な存在である上弦の参・猗窩座(あかざ)。
その激しい戦闘スタイルと強さの裏には、想像を絶するほど過酷な過去と、儚くも美しい恋の物語が秘められています。この記事では、猗窩座が人間だった頃「狛治(はくじ)」として生きていた日々と、恋雪(こゆき)との切ない関係について、わかりやすくご紹介いたします。
貧困と絶望から始まった少年・狛治の人生
猗窩座こと狛治は、かつて貧しい家庭に生まれた一人の少年でした。
病気に苦しむ父を救うため、幼い彼はやむを得ず「スリ(窃盗)」を繰り返します。何度捕まっても、父を生かすために手段を選ばなかったのです。
しかし、そんな息子の行動に心を痛めた父親は、彼の将来を案じて自ら命を絶ってしまいます。狛治がわずか11歳のときでした。
この出来事は、狛治に大きな喪失感と罪悪感を残します。家族を救えなかった無力感から、彼は居場所を失い、当てもなく町から町へとさまよう放浪の生活を送るようになります。
「素流」との出会い――師匠・慶蔵との運命的な邂逅
ある日、狛治はとある町で騒動を起こし、大人たち数人を相手に喧嘩をしていたところ、「慶蔵(けいぞう)」という男と出会います。
慶蔵は素手で戦う武術「素流」の使い手であり、道場を開いていました。彼は狛治の強さに目を留め、「ウチの門下生にならないか」と笑顔で誘います。
しかし、人生に絶望していた狛治はその言葉に激怒。決闘を挑みますが、圧倒的な実力差で打ちのめされ、道場に連れて行かれることに。
そしてこの道場で、後に彼の運命を大きく変える女性、「恋雪(こゆき)」という少女と出会うのです。
恋雪との交流と、再び手に入れた「幸せ」
恋雪は、慶蔵の一人娘であり、長年病床に伏していた儚げな少女でした。
慶蔵は狛治に「娘の世話を頼みたい」と懇願します。最初は戸惑っていた狛治ですが、次第に恋雪との心温まる交流を通じて、忘れかけていた「人を大切に思う心」や「生きる意味」を取り戻していきます。
そして、三年の月日が流れ、恋雪の病も快方に向かい、狛治は道場の跡継ぎとして慶蔵から正式に迎えられることになります。
そのとき、慶蔵はこう願い出ます――
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「道場を継いでほしい。そして、恋雪と結婚してほしい。」
この言葉に対し、恋雪は静かに、しかし確かに想いを伝えます。
「私は、狛治さんがいいんです。私と夫婦になってくれますか?」
狛治はその言葉に涙を浮かべ、
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「一生、あなたを守ります」
と、結婚の約束を交わします。二人にとって、かけがえのない人生の再出発でした。
突如として訪れる、最悪の悲劇
しかし、幸福な日々は長く続きませんでした。
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なんと恋雪と慶蔵は、毒を盛られて命を奪われてしまうのです。
犯人は、隣接する剣術道場の跡取り。慶蔵の道場が台頭することに嫉妬し、力では敵わぬと悟って卑劣な手段に出たのでした。
怒りと絶望に満ちた狛治は、単身でその剣術道場を襲撃。
わずか一人で門下生67名を撲殺――手段は、拳による頭部および内臓の破壊。
その狂気的な行動は記録から抹消されるほどの惨劇であり、人々は「鬼が出た」と恐れおののきました。
狛治から猗窩座へ――鬼への転生
その惨劇のあと、呆然と町をさまよっていた狛治の前に、”鬼舞辻無惨(きぶつじ むざん)”が現れます。
「鬼が現れた」との噂を聞きつけて現地を訪れた無惨は、それが人間の仕業と知って失望の表情を浮かべながらも、狛治の中に潜む「闘争本能と破壊の力」に着目。
そして――
橋の上ですれ違いざま、彼の頭に腕を突き刺し、鬼の血を流し込んだのです。
こうして、かつて愛と誠実を信じていた狛治は、鬼・猗窩座として生まれ変わることになります。
鬼滅の刃 猗窩座の名前の由来について
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猗窩座の名前の意味とは?
まず、「猗窩座(あかざ)」という名前を漢字で分解すると、以下のような解釈ができます:
•猗(あ):古語では「奇妙な」や「優雅な」といった意味を持つ。
•窩(か):あなぐら、すなわち獣が身を隠す穴や住処を意味する。
•座(ざ):その名のとおり「座る」という動作、または「地位・場所」を表す。
つまり、「猗窩座」とは直訳すると――
「変わった犬があなぐらにじっと座っているような状態」
と解釈できます。
この表現、実はある象徴的な存在を暗示しているのです。
「狛犬」が象徴する“守れなかった存在”
猗窩座の人間だった頃の名前は狛治(はくじ)。
この「狛(こま)」という文字は、神社などの入り口に鎮座する”狛犬(こまいぬ)”を連想させます。
狛犬は本来、神域を守護する霊獣。
つまり「人を守る存在」であるはずの狛治が、大切な人を守れず失ってしまったことへの皮肉や哀しみが込められた名前だと考えられます。
実際に猗窩座の過去編では、父を、そして恋人・恋雪を守れず、大切なものを次々と喪失した彼の苦悩が描かれています。
その喪失感を象徴するように、「あなぐらにうずくまる、役割を失った狛犬」の姿が重なってくるのです。
「守るものを失った狛犬」――
この言葉が、「猗窩座」という名前の核心を突いていると言えるでしょう。
作者は意図して名付けた?鬼滅キャラクターに共通する“名の深意”
『鬼滅の刃』では、主要キャラクターの名前の多くが、その人物の性格・運命・背景と密接にリンクしていることが特徴です。
猗窩座も例外ではなく、彼の悲しみや狂気、そして“守る力を持ちながら、守れなかった存在”という皮肉を込めて、名付けられた可能性は極めて高いと言えます。
なお、作中で明確に名前の由来が描かれているキャラクターも存在します。
名前の由来が明かされているキャラの一例:
| キャラクター名 | 由来や意味 |
| 時透無一郎(ときとう むいちろう) | 「無限(∞)」の発想から。「無」の連想。 |
| 梅(うめ) | 病名の「梅毒」からの引用(悲劇的背景とリンク)。 |
| 妓夫太郎(ぎゅうたろう) | 遊郭の役職「妓夫」に由来。過酷な境遇を象徴。 |
このように、『鬼滅の刃』では当て字や響きの良さで名前をつけているのではなく、物語とキャラクターに込められたテーマや背景を反映させた名付けがなされています。
猗窩座(あかざ)の名言・名セリフ一覧
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「お前も鬼にならないか? 鬼にならないなら殺す」
この言葉はまさに猗窩座の勧誘スタイルを象徴するセリフです。
煉獄杏寿郎に対して「断れば即殺」という一線張った提案は、上弦の鬼としてのプライドと、強者のみを認める価値観が如実に表れてます。まさに「強さ至上主義」が炸裂する瞬間ですね。
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「やはりお前は鬼になれ 杏寿郎 俺と永遠に戦い続けよう」「素晴らしき才能を持つ者が醜く衰えてゆく…死んでくれ杏寿郎 若く強いまま」
人間である煉獄に永遠を求める、どこまでも戦い続けたいという狂気的願望。
才能ある者の衰えを見ることに耐えられず、強さを追い続ける闘争心は、狂気と哀しみが交錯しています。
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「何を言ってるんだあのガキは 脳味噌が頭に詰まってないのか?」「俺は鬼殺隊から逃げてるんじゃない 太陽から逃げてるんだ」
炭治郎の信念や行動を理解できず「頭の中が空っぽ」と吐き捨てる言葉。
太陽に滅される恐怖から逃げる自分を正当化する過程には、感情の混乱と焦燥が見え隠れします。
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「杏寿郎の言葉は正しかったと認めよう お前は確かに弱くなかった 敬意を表する」
炭治郎に対峙した際、一撃で腕と顔面に致命傷を受けた後に発した、尊敬を込めた評価。
強者としての資質を見抜き、素直に認める姿勢には、冷酷な中にも一条の“人間らしさ”が垣間見えます。
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「さあ始めようか 宴の時間だ」
無限城で炭治郎と本気の対峙を前に発したセリフ。戦いこそが彼の“宴”であり、生き様。
圧倒的な戦闘狂としての興奮と、自分の時間が始まることへの期待が込められています。
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「そうか お前は喋るのが嫌いなのか 俺は喋るのが好きだ 何度でも聞くぞ お前の名を!!」「そうか アイツは義勇という名前なのか」
強者との対話を求め、名前を知ろうとし続ける執着。義勇という名前を知った瞬間の喜びと興奮に、人間時代の記憶や情が離れていない一面が見えます。
名前を知ること、それ自体が“強者との繋がり”への渇望なのです。
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「俺が嫌いなのは弱者のみ 俺が唾を吐きかけるのは弱者に対してだけ」
強さだけを基準に「価値ある者」を選別し、弱者には容赦なく排除するその思想。
自分自身が守れなかった過去を強さで埋めようとする姿勢が、言葉にこもっています。
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「杏寿郎や炭治郎のように死ぬことはない お前も鬼になれ 義勇」
煉獄・炭治郎とは異なる「死なずに鍛錬を続ける存在」でありたいという願望。義勇にも強さを求め、その魂を仲間にしたいという執着が、戦を超えた友情にも似た形で現れています。
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「きっと治す 助ける 守る 俺の人生は妄言を吐き散らすだけのくだらないものだった」
狛治(人間時代)の想いが、最期の瞬間にこぼれた心の声。
助けられなかった無力感、想いを遂げられなかった絶望——そこにこそ、本来の“人間・狛治”の姿があるのです。
猗窩座の最後はどうなった?
炭治郎との死闘——頸を斬られても死ななかった理由
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物語終盤、竈門炭治郎と水柱・冨岡義勇による死闘の末、猗窩座の頸はついに落とされます。
普通の鬼であれば、ここで完全に消滅するはずでした。しかし、猗窩座は消えず、なおも戦い続けようとします。
これは、鬼の中でも特に強力な存在だけに許された異常な現象であり、”鬼舞辻無惨(きぶつじ むざん)”のように「頸を斬られても死なない」特性を獲得しかけていたためです。
蘇る人間の記憶——恋雪の存在が彼を変えた
頸を斬られながらも立ち上がろうとする猗窩座。そのとき、彼の中で封じられていた人間時代の記憶が鮮明に蘇ります。
かつて「狛治(はくじ)」という名の人間だった猗窩座は、最愛の女性”恋雪(こゆき)”や、道場主だった慶蔵との平穏な日々、そしてすべてを失った悲劇を思い出します。
そして、自らが戦い続けてきた理由――
「正々堂々戦わない、卑怯な弱者への復讐」が、実は自分自身に向けられたものであったと気づくのです。
恋雪の言葉がもたらした“救い”
記憶の中で現れた恋雪は、優しくこう語りかけます。
「もう、充分です。」
その言葉は、猗窩座の心に深く届きました。
強さを求め続け、戦うことしかできなくなっていた彼にとって、恋雪の言葉はまさに人としての魂を取り戻す最後の一滴だったのです。
自らを葬った猗窩座の最期
猗窩座は、なおも鬼として再生しようとする自らの肉体を、自分の意思で破壊しはじめます。
再生を拒み、再び人間として死を選んだその姿は、敵でありながら尊厳と自己犠牲に満ちた最期と言えるでしょう。
結果的に彼は、恋雪の幻影に寄り添うようにして静かに消えていきました。
それは、鬼としての終焉であり、人間・狛治としての救済でもあったのです。
猗窩座の最期が胸を打つ理由
猗窩座の最後が感動的だと語られるのは、単に戦いの結果ではなく、彼が「自分と向き合ったこと」そのものにあります。
- 守れなかった家族と恋人
- 自分が忌み嫌った「弱者」という存在
- そして、最後に愛に包まれながら迎えた終わり
彼が一番嫌っていた「卑怯で弱い存在」とは、他でもない自分自身だったのです。
読者の心を動かす“鬼の人間らしさ”
『鬼滅の刃』において、鬼は単なる敵ではなく、人間だった頃の悲しみや葛藤を抱える存在として描かれています。
猗窩座の物語はその代表例であり、読者が「鬼であるにもかかわらず感情移入してしまう理由」もここにあります。
猗窩座の炭治郎に対する感謝とは?
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炭治郎との激闘と「最後の笑顔」
物語後半、猗窩座は炭治郎と水柱・冨岡義勇との壮絶な死闘の末、ついに頸を落とされます。
それでも鬼としての強さに執着し、再生しようとする猗窩座。
しかし、その直後――彼は炭治郎に静かな笑みを向け、自らに破壊殺を打ち込み、肉体を崩壊させる道を選びました。
このときの猗窩座の表情には、怒りでも憎しみでもなく、感謝と安堵の感情が宿っていたのです。
「弱者とは、自分だった」――猗窩座が得た“答え”
かつて人間だった頃、猗窩座――本名・”狛治(はくじ)”は、父を救えなかった自責の念、慶蔵と恋雪を守れなかった後悔に苛まれ、やがて道を踏み外し、復讐という暴力に身を委ねます。
それでも彼は「正々堂々戦わない弱者を許さない」と言い続けました。
しかし、その言葉は――
「自分自身への怒りだった」
- 大切な人を守れなかったこと
- 師である慶蔵の武道「素流」の教えを踏みにじったこと
- 父の遺言を裏切ってしまったこと
- 怒りに任せて無抵抗の者を殺め、鬼となってなお無惨に従い続けたこと
猗窩座が「一番殺したかった弱者」とは、逃げ続けてきた自分自身だったのです。
炭治郎がもたらした“救い”と“答え”
猗窩座は、鬼となったことで人間だった頃の記憶を失い、なぜ強さに固執しているのかも分からないまま、無意味に戦い続けてきました。
そんな彼に、炭治郎は剣ではなく記憶と感情で向き合いました。
戦いの最中、炭治郎の言葉や眼差しは、猗窩座の中に眠っていた人間としての記憶――恋雪や父、慶蔵との日々――を呼び起こしたのです。
「お前は、もう戦わなくていい」
このメッセージに等しい炭治郎の存在が、猗窩座にとっての“答え”でした。
破壊殺を自らに打ち込んだ理由と、感謝の意味
記憶を取り戻した猗窩座は、ついに気づきます。
自分が求めていたのは「強さ」そのものではなく、自分という弱者を赦し、終わらせる勇気だったのだと。
だからこそ、炭治郎に感謝したのです。
• 長い年月のなかで忘れていた大切な人の記憶を思い出させてくれたこと
• 弱さを受け入れることの意味を教えてくれたこと
• 空虚な殺戮から解放される機会を与えてくれたこと
そして何より――「もう充分だ」と恋雪の言葉を心で聞いたとき、彼は初めて“赦された”のです。
猗窩座の人間時代や本名
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猗窩座の本名は「狛治(はくじ)」|人間時代の壮絶な背景
猗窩座の本名は狛治(はくじ)。幼い頃から極貧の環境に育ち、病に苦しむ父のために盗みに手を染めて生きていました。
その後、素手で戦う武術「素流」を教える道場主・慶蔵に拾われ、娘・恋雪と出会ったことで人生が少しずつ光を取り戻しはじめます。
しかし、恋雪と慶蔵が毒殺されるという悲劇が起こり、怒りに任せて剣術道場の門下生67人を素手で撲殺。
この凄惨な事件が、彼の人間としての人生の終わりを意味しました。
一般人どころか、鍛え上げた剣士60人以上を素手で臓物ごと破壊できる狛治の戦闘力は、もはや人間の域を超えていたといえるでしょう。
鬼となって得た圧倒的な再生能力と“痛みを恐れない戦闘スタイル”
猗窩座が鬼として持つ最大の特徴の一つが、異常ともいえる再生能力です。
特に上弦の鬼の中でも猗窩座の再生スピードは飛び抜けており、斬られた腕や足が即座に元通りになる描写が何度も登場します。
➤ 人間との決定的な違い:「再生できる」からこその“無防備さ”
通常の人間であれば、腕や足を斬られれば回避行動に徹するのが常識です。
しかし猗窩座は――
• 「腕の一本や二本、失っても構わない」
• 「どうせすぐ再生するから、回避より攻撃優先」
という思考で戦っています。
この「攻撃優先の戦闘スタイル」こそが、鬼としての恐ろしさの一端でもあります。
炭治郎や煉獄杏寿郎との戦いから見る“戦闘思想”
『鬼滅の刃』の名バトルの一つ、煉獄杏寿郎 vs 猗窩座戦。
猗窩座はこの戦闘で、繰り返し腕を斬られている描写があります。しかし彼は一切ひるむことなく、むしろ煉獄を鬼に勧誘するほどの余裕を見せていました。
この点から、ファンの間では以下のような考察がされています:
「人間時代から鬼になって数百年もの間、鍛え続けてきた猗窩座が、なぜ煉獄に腕を何度も斬られるのか?」
その答えの一つは、「呼吸法の力」にあるかもしれません。
呼吸法の優秀さと“人間の可能性”
煉獄が用いる「炎の呼吸」、そして炭治郎の「ヒノカミ神楽」は、いずれも鬼の再生能力に対して干渉する特性を持っているとされています。
特に「ヒノカミ神楽(日の呼吸)」は、鬼の細胞組織の再生に微細ながらダメージを与える描写もあり、猗窩座の超再生能力にすら影響を及ぼした可能性も否定できません。
鬼がいかに強くても、“呼吸”という技術を極めた人間は対等に戦える――
それこそが『鬼滅の刃』が描く人間の底力であり、猗窩座にとっての脅威だったのでしょう。
猗窩座の“強さ”と“弱さ”の本質とは?
猗窩座は、戦闘そのものを人生の目的とするかのような存在でしたが、その根底には「守るべきものを守れなかった自責の念」があります。
再生能力や格闘術に加え、「恐怖や痛みを排除した戦闘思想」――これらすべては、彼の心の空虚さの裏返しだったとも解釈できます。
彼の言う「弱者」とは、単に肉体的に劣る者ではなく、逃げた自分、守れなかった自分、感情を抱くことすら恐れていた自分そのものだったのかもしれません。
猗窩座の技一覧 名称や由来・強さは?
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🌀 猗窩座の血鬼術(破壊殺)一覧
猗窩座の技は以下の10種に分類され、人間時代の記憶(花火・恋雪、慶蔵とのエピソード)に由来する命名となっています。
1.術式展開・破壊殺・羅針(らしん)
地面に雪の結晶の陣を展開し、相手の闘気を感知して攻撃の先を読む技。恋雪の髪飾りと雪の結晶がモチーフ 。
2.破壊殺・空式(くうしき)
空中で拳を打つことで衝撃波を発生させ、中距離から攻撃できる技。拳が直接当たらなくても衝撃波で攻撃可能 。
3.破壊殺・乱式(らんしき)
無数の拳打による広範囲・高速連打技。煉獄の「炎虎」と相打ちしたほどの威力 。
4.破壊殺・滅式(めっしき)
抜き手のような突きを放つシンプルかつ致命的な技。煉獄の奥義「玖ノ型・煉獄」を真正面から貫いた 。
5.破壊殺・脚式 冠先割(かむろさきわり)
後方にいる相手に、下からかかとを突き上げる蹴り技。炭治郎がかすっただけで吐血する威力 。
6.破壊殺・脚式 流閃群光(りゅうせんぐんこう)
ストリートファイターのような連続蹴り。義勇を吹き飛ばした実績あり 。
7.破壊殺・脚式 飛遊星千輪(ひゆうせいせんりん)
相手の懐から打ち上げるような回転を伴う連続蹴り技 。
8.破壊殺・砕式 万葉閃柳(まんようせんやなぎ)
高空から地面へ強烈打撃を叩きつける技。床が割れるほどの威力 。
9.破壊殺・鬼芯八重芯(きしんやえしん)
拳打8連撃。乱式より手数控えめながら一発一発がより強力 。
10. 終式・青銀乱残光(あおぎんらんざんこう)
全方向に約100発打撃を同時展開する究極技。義勇の「凪」でも完全に防げない速度と威力 。
| 技名 | 花火の種類(由来) |
| 冠先割 | 冠菊(かむろぎく)火花 |
| 流閃群光 | 閃光萬雷・花雷 |
| 飛遊星千輪 | 飛遊星・千輪 |
| 万葉閃柳 | 柳(やなぎ)花火 |
| 鬼芯八重芯 | 菊花火 |
| 青銀乱残光(終式) | 青銀乱・残光(高級花火) |
猗窩座の声優は変わった?合わないと言われる理由
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猗窩座の声に違和感を覚える声の理由
SNSやレビューサイトを見てみると、次のような声が挙がっています:
• 「アカザはもっと低くて落ち着いた声のイメージだった」
• 「石田さんの声は高めで、テンパってる印象がある」
• 「銀魂の桂を連想してしまって、世界観に入りづらい」
こうした反応の背景には、猗窩座=冷酷で静かな強者という先入観があると考えられます。確かに、原作では圧倒的な実力と不動の信念を持つキャラクターとして描かれているため、「もっと重厚感のある低音ボイス」を期待していたファンも少なくないのでしょう。
声の印象と猗窩座の年齢設定のギャップ
実は猗窩座が鬼になったのは18歳のとき。つまり、外見上は煉獄杏寿郎よりも若く、まだ少年と呼べる年齢です。
そのため、高めの声質でテンションの振れ幅が大きい演技が、むしろリアルなキャラクター像につながっているとも言えます。
また、猗窩座というキャラクターは戦闘狂でありながら、心の奥底では喪失と後悔を抱える非常に複雑な人物です。その演技を1人の声優で表現するのは至難の業ですが、石田彰さんはそこを見事に演じ切っています。
制作スタッフが語るキャスティングの理由
アニメ制作側も、鬼側キャラクターの声優選びには明確な意図を持っています。
公式のコメントによれば:
「鬼に説得力を持たせるため、ベテラン声優をあえて起用した」
つまり、鬼 VS 鬼殺隊=ベテラン声優 VS 若手・中堅声優 という構図を作り出し、演技面でも作品全体に“緊張感と重厚さ”を持たせる狙いがあるのです。
このように、石田彰さんの起用は演出意図と役作りの両面から見ても非常に理にかなっており、実際に劇場版での咆哮や、決戦シーンでの感情の振れ幅は圧巻でした。
猗窩座の過去回想編では、恋雪とのエピソードを通じて彼の繊細で人間らしい一面が描かれます。そこでは、声のトーンや間の取り方ひとつで視聴者の印象が大きく変わります。
石田彰さんは、こうした複雑な心情を表現することに長けた声優であり、「声が合わない」と言われたのは、最初の数分だけだったという声も多く見られます。むしろ「見終わった後は、もう彼しかいない」と絶賛するファンの方が多数派です。
猗窩座(あかざ)の身長・声優・プロフィールまとめ
『鬼滅の刃』に登場する猗窩座(あかざ)は、上弦の鬼の中でも特に人気が高く、その強さや過去に深いドラマがあるキャラクターです。
本記事では、猗窩座の身長・声優・人間時代の名前や戦闘スタイルなどのプロフィール情報を一挙にまとめ、彼の魅力に迫ります。
猗窩座の基本プロフィール
| 人間時の名前 | 狛治(はくじ) |
|---|---|
| 身長 | 173cm |
| 体重 | 74kg |
| 趣味 | 鍛錬 |
| 数字 | 十二鬼月 上弦の参 |
| 初登場話 | 原作単行本8巻 第63話「猗窩座」 |
| 公式人気投票 | 第1回:54位(6票)、第2回:17位(1982票) |
| CV | 石田彰 |
| 演 | 蒼木陣 |
声優・石田彰さんが演じる猗窩座の魅力とは?
猗窩座を担当するのは、数々の人気キャラクターを演じてきた石田彰さん。やや高めの声でありながら、怒り・悲しみ・敬意・狂気といった複雑な感情を巧みに演じ分け、猗窩座の多面的なキャラクターを見事に表現しています。
一部のファンからは「イメージと違った」との声もありましたが、鬼になった当時18歳という設定を考慮すると、少年らしさが残る声質は非常に的確。劇場版での煉獄杏寿郎との激闘や、過去の回想編における繊細な演技も高く評価されています。
石田彰さんの代表作(一部)
• 『新世紀エヴァンゲリオン』渚カヲル
• 『銀魂』桂小太郎
• 『NARUTO』我愛羅
• 『機動戦士ガンダムSEED』アスラン・ザラ
猗窩座のキャラクター解説:拳で語る孤高の武人
強さの象徴「上弦の参」──その実力と地位
猗窩座は、鬼舞辻無惨直属の精鋭集団「十二鬼月」の中でも、上位3人に入る“上弦の参”という絶対的な地位を誇ります。
これは百年以上もの間、柱クラスの剣士たちを葬り続けたことによって得た、実力と経験の証です。
また、他の鬼たちとは異なり、無惨から特別任務を命じられるほどの信頼を得ており、上弦の中でも黒死牟に次ぐ“古参”の存在とされています。
猗窩座の戦闘スタイル:徒手空拳の「術式展開」
猗窩座は武器を持たず、己の肉体のみで戦う「徒手空拳」のスタイルを貫いています。
体術・気の流れ・闘気の探知を駆使しながら、瞬時に戦況を判断。特に「術式展開 羅針」では相手の攻撃意図や隙を見抜くことで、無類の強さを発揮します。
このスタイルには、彼の人間時代の記憶や信念が色濃く反映されています。鍛錬を重ねることこそが強さの証であり、他者を圧倒する手段なのです。
猗窩座の思想:「強さ」こそが存在意義
猗窩座は、強者に対して深い敬意を持ちます。戦闘中でも相手の技を賞賛したり、名前を聞きたがったりするのは、彼が“真の強さ”に心酔している証拠です。
その一方で、弱者には一切の容赦を見せず、「雑草」とまで言い放ち、存在を否定します。
この徹底した強さ至上主義は、鬼となった後の精神変化だけでなく、人間時代の苦悩や喪失感に起因するものでもあります。
興味深い設定:猗窩座は鬼でありながら「鍛錬の鬼」
公式ファンブックによると、猗窩座は人を喰うよりも鍛錬の時間を優先していたという異例の鬼です。
これは他の鬼たちとは一線を画す部分であり、「戦闘狂」というだけでなく、生涯をかけて“武”を極めようとする修行者としての側面が強調されています。
鬼でありながら、どこか“武士道”や“格闘家の精神”を感じさせる姿は、多くのファンの心をつかんで離しません。
まとめ:猗窩座は“ただの悪役”ではない、悲哀と哲学を持つ魅力的な存在
猗窩座は『鬼滅の刃』において単なる敵役ではなく、「強さとは何か」というテーマを象徴する重要なキャラクターです。
彼の過去・信念・戦い方・人間味のある表情のすべてが、石田彰さんの演技によって命を吹き込まれ、視聴者に強い印象を与えています。
声優・身長・キャラクター背景を総合的に見ても、猗窩座は“知れば知るほど奥深い”キャラクターです。
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