呪術廻戦「死滅回游」オープニング(King Gnuの「AIZO」)は、単なる映像演出を超え、膨大な美術史・映像文化への参照を組み込んだ「意図的な芸術コラージュ」として読み解くことができます。
特筆すべきは、その全体構造が一貫して「羂索の視点」に置かれている点です。
命を賭したプレイヤーたちの戦いが、あたかも既存の芸術作品を再演する展示物のように扱われる。その冷酷な距離感こそが、このOPの核だと感じました。
ここからは、象徴的なオマージュを一つずつ丁寧に見ていきましょう!
- 始めに:呪術廻戦「死滅回游」OPの詳細
- 【考察】呪術廻戦死滅回游opの元ネタ・オマージュ作品一覧
- 攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIGのOP
- エゴン・シーレ「死せる母 I (Dead Mother I)」
- ピーテル・パウル・ルーベンス「眠る二人の子供 (Two Sleeping Children)」
- クロード・モネ「アルジャントゥイユの自宅の庭のカミーユ・モネと子ども」
- ケーテ・コルヴィッツ「子供を抱く母」
- 横尾忠則「Y字路」シリーズ
- 歌川国芳の武者絵(浮世絵) (例: 「本朝水滸傳剛勇八百人一個」など)
- オノレ・ドーミエ「3人の裁判官」
- グスタフ・クリムト「接吻 (The Kiss)」
- エドヴァルド・ムンク「叫び (The Scream)」
- ジョン・エヴァレット・ミレイ「オフィーリア (Ophelia)」
- その他のオマージュ一覧
始めに:呪術廻戦「死滅回游」OPの詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 楽曲名 | AIZO |
| アーティスト | King Gnu |
| 使用作品・パート | TVアニメ『呪術廻戦』第3期「死滅回游 前編」 |
| 作詞・作曲 | 常田大希 |
| 編曲 | King Gnu |
| 配信リリース日 | 2026年1月9日(金)※先行配信 |
| CD発売日 | 2026年2月11日(水) |
| レーベル | Sony Music Labels |
| 楽曲の特徴・コメント | 息つく暇もないスピード感と目まぐるしい展開が特徴の最新型ロックチューン。King Gnuの“王道”をアップデートした一曲。(常田大希コメント) |
| ミュージックビデオ監督 | OSRIN(PERIMETRON) |
| 期間生産限定盤 特典 | 芥見下々描き下ろしイラスト(12インチLPサイズ) |
| 放送枠 | MBS/TBS系28局「スーパーアニメイズム TURBO」枠 |
| King Gnuと『呪術廻戦』の関連性 | 劇場版『呪術廻戦 0』、TVアニメ第2期「渋谷事変」に続く、シリーズ3作目のタイアップ |
【考察】呪術廻戦死滅回游opの元ネタ・オマージュ作品一覧
攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIGのOP
TVアニメ「呪術廻戦」公式サイト
☆元ネタ詳細・考察
2004年に放送された『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX 2nd GIG』のオープニングは、主要キャラクターたちが横一列に並ぶ印象的な構図で知られています。
この作品が掲げた「Stand Alone Complex」という概念は、個の模倣が連鎖し、やがて社会現象へと膨張していく不安そのものを描いたものでした。
虎杖悠仁を中心に、伏黒や乙骨、天元、九十九由基や脹相等複数の人物が同様の横並び構図で描かれます。特に天元が象徴的な位置に配置されている点は見逃せません。
背景に広がる結界内の混沌は、秩序と無秩序が同時に存在する異様な世界観を強調しています。
羂索が設計した「観察されるゲーム」としての死滅回游を視覚化したものと考えられます。ルールが感染のように広がり、参加者が自律しているようで実は誘導されている構造は、まさにスタンド・アローン・コンプレックス的です。
個々の意思や結束すら、黒幕からは俯瞰可能な配置物にすぎない。その冷徹さが、このワンカットに凝縮されているように思えます。
エゴン・シーレ「死せる母 I (Dead Mother I)」
TVアニメ「呪術廻戦」公式サイト
☆元ネタ詳細・考察
20世紀初頭の表現主義を代表するエゴン・シーレは、生と死、肉体と精神の歪みを執拗に描いた画家です。
「死せる母 I」では、生気を失った母親が赤ん坊を抱く姿が描かれ、母性という概念そのものが不安定なものとして提示されます。
虎杖の母・香織が赤子の虎杖を抱く場面が、この構図と強く重なります。虚ろな視線、赤黒く沈んだ背景は、温もりよりも異物感を際立たせています。
ここで示されているのは、単なる過去回想ではなく、虎杖の存在そのものが歪んだ創造の産物であるという視覚的宣告でしょう。
母の死と子の宿命が分かちがたく結びつくこのイメージは、死滅回游に通底する「再生」と「輪廻」のテーマとも連動します。
個々の人生やトラウマさえも、羂索にとっては鑑賞対象に過ぎない。その残酷な美意識が、このオマージュには滲んでいると感じました…
ピーテル・パウル・ルーベンス「眠る二人の子供 (Two Sleeping Children)」
TVアニメ「呪術廻戦」公式サイト
☆元ネタ詳細・考察
17世紀バロック期の巨匠ルーベンスが描いたこの作品は、無垢な幼子が寄り添って眠る、極めて穏やかな情景が特徴。
柔らかな光と安らかな表情は、家族の平和そのものを象徴しています。
この構図が幼少期の禪院真希と真依の姿に重ねられています。一見すると静かで優しい場面ですが、周囲を包む闇が、その平穏が長く続かないことを暗示します。
眠りは安息であると同時に、目覚めなければ死と等しい状態でもあります。
禪院家という閉鎖的な制度の中で、姉妹が背負わされてきた運命を象徴しているように思えます。
無防備な幼少期すら、後の悲劇への前奏曲として配置されている。その視線の冷たさもまた、羂索的だと言えるでしょう。
クロード・モネ「アルジャントゥイユの自宅の庭のカミーユ・モネと子ども」
TVアニメ「呪術廻戦」公式サイト
☆元ネタ詳細・考察
印象派を代表するクロード・モネは、光と日常の一瞬を捉えることに心血を注ぎました。
この作品では、庭という私的で開かれた空間の中で、家族が穏やかな時間を過ごしています。そこには争いも不安も存在しません。
この家庭的な構図が夜蛾正道とパンダの関係性に置き換えられています。
親子のような距離感で描かれながらも、パンダが人工的に生み出された存在であることを知る視聴者には、どこか拭えない違和感が残ります。
自然と人工、血縁と創造物。その境界が曖昧な関係性は、結界に覆われた世界の縮図のようでもあります。
羂索の視点から見れば、こうした絆ですら「美しい展示」として切り取れる対象に過ぎない。その皮肉が、印象派の柔らかな光を借りて強調されている点が非常に興味深いところです。
ケーテ・コルヴィッツ「子供を抱く母」
TVアニメ「呪術廻戦」公式サイト
☆元ネタ詳細・考察
20世紀ドイツ表現主義を代表する画家ケーテ・コルヴィッツは、戦争や貧困の中で生きる人々の苦悩を、極限まで削ぎ落とした線で描き続けました。
「子供を抱く母」は、装飾性を排した簡潔な構図の中に、深い喪失感と、それでも手放せない愛情を刻み込んだ作品です。暗く重い線は、感情そのものが形を持ったかのような迫力を放ちます。
このイメージが伏黒恵と母の抱擁、あるいは日下部を含む過去の記憶と重ねられる形で描かれています。
画面全体を支配する沈んだ色調は、安心よりも不安を強調し、癒えないトラウマの存在を強く印象づけました。
母子の別れと断ち切れない因縁を象徴しているように見えます。
恵が抱えてきた過去が、死滅回游という極限状況で再び浮上する予兆としても機能しており、羂索にとっては、こうした感情すら「既に語られ尽くした悲劇」として再演可能な素材であることを示しているように感じられました。
横尾忠則「Y字路」シリーズ
TVアニメ「呪術廻戦」公式サイト
☆元ネタ詳細・考察
横尾忠則の「Y字路」シリーズは、ポップアート的な色彩と単純化された構図の中に、「選択」と「運命」という重いテーマを封じ込めた作品群です。
Y字に分かれる道は、どちらを選んでも引き返せない分岐点として、現代人の不安を象徴してきました。
麗美と甘井のシーンにこのモチーフが取り入れられ、結界内で迫られる選択が視覚的に示されます。
無機質な道の分岐は、港区コロニーという舞台設定とも響き合い、選択そのものがシステムに組み込まれていることを強調します。
ここで描かれるのは「自由な決断」ではなく、「選ばされる選択」です。死滅回游のルールは、あらかじめ用意された分岐を進ませる装置にすぎず、その構造自体を、羂索はポップアートのような軽やかさで楽しんでいるようにも映ります。
この軽さこそが、逆説的に恐ろしいポイントだと感じます。
歌川国芳の武者絵(浮世絵) (例: 「本朝水滸傳剛勇八百人一個」など)
TVアニメ「呪術廻戦」公式サイト
☆元ネタ詳細・考察
幕末を代表する浮世絵師・歌川国芳の武者絵は、誇張された身体表現と大胆な構図によって、戦いと忠義、そして仇討ちの美学を描き出しました。
そこでは、個人の感情よりも、制度や宿命に殉じる姿が強調されます。
真希が膳臣巴提使を思わせる武者の姿で、乙骨が武田家廿四将を彷彿とさせる構えで描かれ、浮世絵調のタッチによって戦闘の迫力が増幅されています。
動きの一瞬を切り取ったような画面構成は、まさに歴史絵巻そのものです。
禪院家という制度の残酷さと、そこからの断絶、そして突破を示唆しています。同時に、乙骨の戦いもまた、個人の意志を超えた物語として配置されていることが伝わってきました。
羂索の視点からすれば、彼らの死闘すら「繰り返されてきた英雄譚」の一部に過ぎない。その距離感が、このオマージュからは透けて見えます。
オノレ・ドーミエ「3人の裁判官」
TVアニメ「呪術廻戦」公式サイト
☆元ネタ詳細・考察
19世紀フランスの風刺画家オノレ・ドーミエは、司法や権力の腐敗を鋭い視線で描き続けました。
「3人の裁判官」は、威厳を装いながらも空虚な存在として描かれる裁判官たちを通じて、制度そのものへの不信を突きつける作品です。
日車寛見に関連する法廷のイメージが、この作品を想起させる形で表現されます。血が滴るような暗い空間と、意味を失った席の存在が、裁く者不在の異常さを際立たせています。
これは、死滅回游におけるルールの形骸化、そして正義が機能しない世界を象徴していると考えられます。
秩序を守るはずの仕組みが、ゲームの混沌を加速させている。その矛盾を、羂索は風刺芸術を見るかのような目で眺めているのではないでしょうか?
グスタフ・クリムト「接吻 (The Kiss)」
TVアニメ「呪術廻戦」公式サイト
☆元ネタ詳細・考察
グスタフ・クリムトの「接吻」は、金箔を多用した装飾的な画面の中で、恋人たちの抱擁を永遠のものとして描いた象徴主義の代表作です。
官能性と崇高さが同時に存在するこの作品は、「愛」の理想化された姿を示していました。
この構図が黒沐死と乙骨の融合シーンに転用され、金色の質感を思わせる演出によって、歪んだ愛の形が描かれます。
そこにあるのは、守る愛ではなく、喰らい合うことで成立する関係性です。
里香との純愛が、異形の形で反転・再構築されているようにも見え、このシーンは「永遠」と「刹那」が同時に存在する不安定さを強く印象づけます。
羂索にとっては、この濃密な関係性もまた、官能芸術の一種として観察される対象なのでしょう。
エドヴァルド・ムンク「叫び (The Scream)」
TVアニメ「呪術廻戦」公式サイト
☆元ネタ詳細・考察
ムンクの「叫び」は、内面の不安や恐怖をそのまま視覚化した、表現主義の象徴的作品です。耳を塞ぎながら絶叫する人物は、世界の騒音ではなく、自身の内側から溢れる恐怖に耐えきれなくなった存在として描かれています。
禪院真希・真依の母が着物姿で絶叫するシーンが、この構図と重なります。橋の奥には二人の姿が配置され、叫びが届かない距離感が強調されています。
これは、禪院家において長年無視され続けてきた声、聞かれることのなかった叫びを象徴しているように見えます。
耳を塞ぐ仕草は、無関心という暴力そのものです。このトラウマすら、羂索の視点では「再演可能な絶望」として整理されている点に、底知れない冷酷さを感じました。
ジョン・エヴァレット・ミレイ「オフィーリア (Ophelia)」
TVアニメ「呪術廻戦」公式サイト
☆元ネタ詳細・考察
前ラファエル派の画家ミレイが描いた「オフィーリア」は、水に浮かぶ若い女性の死を、徹底した自然描写とともに美しく描いた作品です。シェイクスピア『ハムレット』に基づくこの絵は、悲劇と美が不可分であることを象徴していました。
OPでは、水面に浮かぶ真希、あるいは真依の姿がこのイメージと重ねられ、花と水の透明感が、喪失の痛みをより鮮明に際立たせます。
そこには、愛する者を失った後の空虚さと、戻れない地点まで来てしまった感覚が漂います。
禪院家の父によってもたらされた絶望の連鎖を反転させるようであり、同時に、その悲劇さえも「鑑賞に耐える美」として配置してしまう羂索の感性を示しているように思えますね。
その他のオマージュ一覧
•プリキュアジャンプ風
空中へ跳び上がるポーズや誇張された身体表現は、いわゆる女児向けヒーロー作品の文法を想起させます。本来は「守られる存在」を肯定的に描くための演出ですが、死滅回游OPではそれが反転し、過酷な環境からの一時的な解放として描かれています。
明るくコミカルな動きが強調されるほど、禪院家という制度が内包してきたグロテスクさが際立つ構造になっています。
•Saint Laurent “Men’s SS21”
真希が夜の空間を切り裂くように跳躍するカットは、ハイファッションのランウェイ写真を思わせる造形美が特徴。
戦闘動作でありながら、ポーズやシルエットは極めてスタイリッシュで、制度からの脱却が「思想」ではなく「身体表現」として示されています。
•イド OP風
三角錐や抽象的な幾何学空間を用いた演出は、心理世界や異界を描くアニメーションのOP表現を強く想起させます。
現実の地形や重力感覚から切り離された構図は、烏鷺の戦闘が単なる肉弾戦ではなく、空間認識そのものを揺るがす異次元バトルであることを示唆しています。
死滅回游の戦いが、精神領域にまで踏み込むことの予告とも読めます。
•メダロットOP/クレヨンしんちゃん風
テンポの良いカット割りや誇張されたリアクションは、往年のギャグ・バトルアニメを思わせる軽快さを持っています。
シリアス一辺倒になりがちな死滅回游の中で、高羽という存在が「笑い」という異物を持ち込むことを明確に示す演出です。
このコミカルさは単なる緩和ではなく、極限状況における価値観のズレを浮き彫りにする装置として機能しているように感じられました。
⇓再度opのオマージュ・元ネタの再現度を確認してみましょう!
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