本記事では、【聲の形 クズ&いいキャラランキング】を徹底解説!
川井みきを超える衝撃のクズキャラが登場!?
最も嫌われたキャラランキングTOP5から、読者が大好きでやまない人気キャラランキングTOP5まで、見逃せない情報をまとめています。
あなたの推しキャラはランキング入りしているかも…?是非最後までチェックしてください!
【聲の形】クズキャラランキングTOP5
第5位:竹内先生
映画『聲の形』公式サイト
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
『聲の形』における竹内先生は、物語全体に漂う「大人の不在」を象徴する存在です。西宮硝子へのいじめがエスカレートしていく過程で、彼は明らかに異変を察知していながら、積極的な介入を行いませんでした。
それどころか、聴覚障害のある硝子がいることで授業進行が滞ることに苛立ちを見せる場面もあり、結果的にいじめを“クラスのガス抜き”のように黙認していた印象さえ残します。
教育現場における沈黙は、ときに加害よりも深刻な影響を及ぼすものです。その典型例といえるでしょう!
やがて問題が表面化すると、竹内先生は石田将也一人に責任を集中させます。それまで同調して笑っていた生徒たちや、自身の監督責任については深く触れず、事態を“個人の暴走”として処理してしまう。
この対応が、将也を新たないじめの標的へと転落させる構図を生み出しました。教育者としての説明責任や組織的な反省が欠けていた点は、看過できません。
さらに、硝子を「手のかかる存在」として扱う姿勢も見逃せません。本来であれば、合唱コンクールのトラブルのような局面こそ、クラス全体で理解を深める契機にできたはずです。
しかし彼は調整や支援の工夫を優先せず、不協和音そのものを煩わしく思う態度をにじませました。その空気が生徒たちの差別意識を無意識に強化していた可能性は高いと感じます。
原作者である大今良時先生が「大人たちが助けてくれるようには描きたくない」と語っている通り、竹内先生は“社会の理不尽”を体現する人物です。学校という安全であるべき場所でも、評価や平穏を守るために弱い立場が切り捨てられる現実がある。
その構図をこれほど冷徹に描いた点に、本作の問題提起の鋭さが宿っているのではないでしょうか。
第4位:広瀬啓祐
映画『聲の形』公式サイト
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
広瀬啓祐の本質は、保身のためなら立場を即座に変える柔軟さ――あるいは冷酷さにあります。小学生時代、彼は将也と共に硝子をからかい、いじめに加担していました。
しかし事態が問題化し、将也一人が責められる流れになると、迷いなく距離を置きます。昨日まで肩を並べて笑っていた相手を切り離す判断の早さは、子どもらしい未熟さというより、周囲の空気を読む能力に長けた人物像を際立たせています。
将也が孤立した後は、島田一旗と共に新たないじめを主導します。机への落書きや上履きの隠匿、突き飛ばしや首を絞めるといった行為は、単なる悪ふざけでは済まされません。
立場が逆転した途端に標的を変える構図は、集団心理の残酷さを端的に示しています。
高校生になっても、彼から明確な反省の言葉はほとんど聞かれません。将也が再会を望んでも拒絶し続ける姿勢は、過去を「終わったこと」として処理している証左ともいえます。
第3位:島田一旗
映画『聲の形』公式サイト
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
島田一旗は、より計算高く、そして感情の温度が低い人物として描かれています。小学校時代、将也とは親友のように振る舞いながら、実際には彼を“退屈を紛らわせてくれる存在”として利用していました。
将也が標的に変わると、ためらいなく「退屈な奴になった」と切り捨てる姿勢には、強い自己中心性がにじみます。
いじめが発覚した際、彼は単に距離を置くのではなく、クラスの空気を巧みに誘導しました。「将也は悪者だから何をしても許される」という暗黙の了解を形成し、孤立を固定化させた点で、精神的ダメージの長期化に深く関与していたと考えられます。
表立った暴力以上に、空気を操る力の怖さがここにあります。
高校生になってからも、将也の接触を拒み続ける姿勢は変わりません。
自らも加害者であった事実を直視せず、「将也だけが反省して善人ぶっている」という解釈で均衡を保とうとする態度は、ある種の防衛本能でしょう!プライドの高さが、和解の可能性を閉ざしているともいえます。
マンションから転落した将也を救出した場面では、かつての関係性が一瞬よぎったようにも見えます。
しかしその後、和解へと踏み出さない態度は一貫しています。助けた事実を伝えず、恩を示さない姿勢は、友情の復活というよりも「これ以上の後味の悪さを避ける」合理的判断だった可能性が高いでしょう。
第2位:川井みき
映画『聲の形』公式サイト
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
川井みきという人物を語るうえで欠かせないのは、徹底した「自己善人化」の構造です。
彼女は本気で「自分は常に正しい」と信じています。そしてその信念は、ほとんど揺らぐことがありません。
小学生時代、西宮硝子へのいじめを止めるどころか、傍観し、ときには一緒に笑っていたにもかかわらず、彼女の記憶の中では「自分は止めていた側」へと書き換えられています。さらに都合が悪くなると、涙を武器にして場の空気を支配し、自らを“傷ついた側”へと位置づける。その振る舞いは計算というよりも、自己防衛が極端に洗練された結果のように見えます。
自覚がないからこそ厄介で、否定されるほどに「私は悪くない」という確信を強めていくのです。
高校時代、真柴に過去のいじめが知られそうになった場面は象徴的でした。自分が疑われる前に、石田将也の過去をクラス全体の前で明かし、「私は止めたのに石田君がやった」と語る。そこには、保身のために他者を差し出す冷静さがあります。
標的が自分に向きそうになった瞬間、より攻撃されやすい相手へと話題を移す。その反射的な判断力は、生存本能の強さと同時に、倫理観の危うさを浮き彫りにしています。
また、彼女は“正しさ”を振りかざすタイプでもあります。真面目な学級委員長気質ゆえに、自分の価値観を疑わず、それを周囲にも求めます。
硝子に対しても、相手の気持ちや状況に寄り添うより、「仲良くしようとしている自分」を前面に出してしまう。
そして思い通りに進まないと、無意識のうちに相手の責任へと転化する。この姿勢からは、善意というより「善人でありたい」という欲求が透けて見えます。
物語終盤に至るまで、川井は大きく態度を変えません。多くの登場人物が葛藤し、過去と向き合い、傷つきながら成長していく中で、彼女は「自分は間違っていない」という軸を保ち続けます。
その折れなさはある意味で強さですが、同時に読者へ強烈な憎悪を残しました。
第1位:植野直花
映画『聲の形』公式サイト
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
植野直花は、川井みきとは対照的な存在です。自分の悪意や攻撃性を隠そうとせず、むしろむき出しのままぶつけてくる。その直情型の激しさは、作中でも群を抜いています。
小学生時代から、西宮硝子の補聴器を奪って放り投げる、筆談ノートを嘲笑うなど、直接的な加害行為に深く関わっていました。高校生になってもその気質は変わらず、観覧車の中で硝子を平手打ちし、将也が重傷を負った後には西宮に対して病院裏で馬乗りになって暴力を振るう。感情が昂ぶると理性が飛び、力に訴える。その苛烈さは、ファンでさえも擁護が難しいレベルに達しています。
彼女の主張は一貫しています。「西宮が周囲に気を遣わせ、クラスを壊した」という最低の論理です。
自らのいじめを正当化するために、「コミュニケーションを怠ったのは西宮だ」と責任を転嫁し、「あんたのせいで将也が変わった」とまで言い放つ。
完全なる被害者である硝子を、さらに追い詰める構図です。障害や事情への想像力を欠いたその思考は、極めて自己中心的で、我々読者に強い衝撃を与えました。
植野の行動の根底には、石田将也への想いがあります。しかしその感情は歪んだ形で表出します。
好きな相手が大切に思う人を傷つけることで関係を奪おうとする――これは最も破壊的なアプローチの一つです。
とりわけ、硝子が自殺未遂に至る一因を作った立場でありながら、病院で彼女を激しく責め立てる場面は、怒りとやるせなさが感じぜざるを得ません。
物語の終盤まで、植野は硝子に素直な謝罪を示しません。最後に「バカ」という手話で不器用な意思表示をするものの、「私はあんたが嫌い」というスタンス自体は崩さない。その頑なさはある意味で潔いものの、人間関係においては鋭い棘となりました。
なぜ「植野は川井よりマシ」と言われることがある?
興味深いのは、一部の読者から「植野のほうがまだマシ」と評されることがある点です。その理由は明快で、彼女は裏表を作らないからです。
自分が嫌な性格であることを自覚し、それを隠そうとしない。そこに“正直さ”を見いだす声もあります。
しかし、行為の残虐性という観点で見れば、植野は作中でも最上位に位置する加害者です。
補聴器を投げ捨て、直接暴力を振るい、精神的にも追い詰めた。その具体的な行動の重さを考えれば、決して軽視できません。
【聲の形】いいキャラランキングTOP5
第5位:西宮結絃
映画『聲の形』公式サイト
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
物語の中でひときわ強い存在感を放つのが、西宮結絃というキャラクターです。彼女の行動原理は驚くほど明確で、そのすべてが「姉・硝子を守る」という一点に集約されています。
不登校になってまでそばに寄り添い、かつて姉を傷つけた石田を遠ざけるために少年のふりをして盾になろうとする姿勢には、年齢を超えた覚悟がにじみ出ています。
序盤では刺々しく映る態度も、背景を知るとむしろ痛いほどの愛情表現だと理解でき、見方が大きく変わります。
特に印象的なのは、彼女が撮り続けていた「死の写真」の意味が明かされる場面です。動物の亡骸を撮影し続けたのは、死を現実として突きつけることで硝子の自殺を食い止めようとする、彼女なりの必死な試みでした。
言葉でうまく想いを伝えられない少女が選んだ、不器用で切実な方法。あの瞬間、結絃という人物の本質が浮き彫りになります。防御的な態度の奥にある優しさこそが、彼女の最大の魅力でしょう。
また、石田との関係性の変化も見逃せません。当初は敵意をむき出しにし、社会的に追い詰めようとさえしました。しかし彼の変化を最も近くで見届け、やがて「姉を託せる存在」として受け入れていく過程には確かな成長があります。
雨の中で傘を差し出す場面や、西宮家と石田をつなぐ役割を担う姿は、物語を裏側から動かす存在としての重みを感じさせます。実質的な“影のMVP”と言っても過言ではありません。
ぶっきらぼうで大人びた口調とは裏腹に、カメラが好きで祖母を慕う年相応の少女らしさをのぞかせるギャップも心をつかみます。
強くあろうと背伸びする姿と、ふとこぼれる涙。その対比が、キャラクターに立体感を与えています。
ただし、石田が川に飛び込む場面をSNSに投稿した行為は看過できません。姉を守るという目的があったとはいえ、その方法はあまりに過激でした。
当時の彼女にとって石田は「再び姉を傷つけるかもしれない存在」であり、排除すべき対象だったのでしょう。
しかし中学生という未熟さゆえに、ネット上の拡散がもたらす影響まで想像しきれなかったのも事実です。
総合的に見たら間違いなくいいキャラクターですが、この出来事が彼女自身に跳ね返り、不登校が発覚し母に叱責される展開は、物語が“善意の暴走”を描いている証でもあります。
第4位:西宮硝子
映画『聲の形』公式サイト
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
西宮硝子の魅力を語るうえで欠かせないのは、その圧倒的な寛容さです。かつて自分をいじめていた石田将也の謝罪を受け入れ、再び関係を築こうとする姿勢は、並大抵の強さでは成り立ちません。
彼女は衝突を避けるために自分を責めがちですが、それは周囲との関係を壊したくないという切実な願いの裏返しでもあります。
その姿勢は単なる「いい子」像にとどまらず、対人関係における高度な共感性を感じさせます。
聴覚障害という困難を抱えながらも、コミュニケーションを諦めない姿勢は作品全体の核心です。筆談ノートで必死にクラスとつながろうとした小学校時代の努力、自分の発音が伝わりにくいと分かっていながらも声で「好き」と伝えようとした勇気。
その一つひとつが、彼女の「伝えたい」という強い意志を物語っています。この継続的な挑戦こそが、観る者の心を深く打つ理由でしょう。
一方で、愛想笑いの裏に隠された自己嫌悪や孤独は、彼女を単なる聖女像から解放しています。「自分がいない方がいいのではないか」と思い詰める危うさは痛々しいほどリアルです。
それでも妹を大切に思い、時に感情を爆発させる姿は、紛れもなく等身大の少女です。この人間的な揺らぎがあるからこそ、物語は説得力を持ちます。
終盤に向けて、硝子は「重荷である自分」という思い込みを乗り越え、自らの人生を選び取ろうとします。
原作では理容師という夢を掲げ、自立への道を歩み始める姿が描かれました。自己受容と他者との再接続というテーマを体現する存在として、彼女は作品の精神的支柱と言えます。
※ここからは、作中で一度も悪い行動をしたことがない、完全な善人たちがランクインしています。
第3位:佐原みよこ
映画『聲の形』公式サイト
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
佐原みよこは、作中で一度も誰かを傷つける側に回らなかった、数少ない“完全な善人”の一人です。
ただし彼女の魅力は、単なる優等生的な善良さではありません。むしろ、自分の弱さを直視し、それを乗り越えようとする過程にこそ価値があります。
小学生の頃、彼女は西宮硝子を助けようとしました。しかし周囲の圧力や空気の重さに耐えきれず、不登校という選択をしてしまいます。
逃げてしまった事実から目を背けず、「自分は弱かった」と認める姿勢は簡単なようでいて非常に難しいものです。高校生になって再会した際、彼女はその過去を曖昧にせず、変わりたいという明確な意思のもとで手話を学び続けていました。
この継続性と実行力は、言葉以上に彼女の誠実さを物語っています。弱さを知る人間が見せる強さは、物語に確かな重みを与えます。
また、硝子にとっての「最初の理解者」であった点も重要です。小学校時代、クラスの誰もが距離を置く中、彼女だけが自ら手話を覚え、真正面から向き合おうとしました。
結果として当時は逃げてしまったものの、その原動力は一貫して「誰かの力になりたい」という純粋な想いです。再会後の佐原は、硝子を特別扱いすることも過度に同情することもなく、あくまで対等な友人として接します。
その自然体の距離感は、硝子にとって大きな救いになったはずです。
物語後半では、外見も内面も大きく変化します。高身長というコンプレックスを抱えていた少女は、自分のスタイルを武器に変え、ファッションを通じて自己表現を楽しむ女性へと成長しました。
周囲の視線に怯えていたかつての姿はそこにはありません。植野直花と意見をぶつけ合いながらも、互いの才能を認め合う関係を築いていく様子は実に爽やかです。
自分の価値を自分で決める姿勢は、他の登場人物たちにも影響を与えているように感じられます。
西宮硝子の元同級生の中でも、ここまで一貫して誠実さを貫いた人物は多くありません。
唯一硝子が「もう一度会いたい」と願った存在であることも頷けるほど、佐原みよこは作中でも特に硝子にとって救いとなる人物でした。
第2位:永束友宏
映画『聲の形』公式サイト
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
永束友宏という存在を抜きに『聲の形』は語れません❗️
彼もまた、佐原さんと同様に作中で悪意を向けることのなかった、まっすぐな善人です。その最大の魅力は、損得勘定とは無縁の友情にあります。
自転車を貸したという些細なきっかけから始まった縁。しかし彼は、石田将也の過去を知っても態度を変えませんでした。
「将也は将也だ」という揺るがないスタンスは、理屈ではなく感覚で人を受け入れる強さを示しています。
孤立し、自ら心を閉ざしていた将也にとって、永束の存在は突破口そのものでした。彼がいなければ物語は動き出さなかったと言っても大げさではありません。
さらに、彼は作品全体の空気を和らげるムードメーカーでもあります。自称映画監督としての暴走気味な情熱、将也を「ヤーショ」と呼ぶ独特の距離感、そして時折見せる鋭い観察眼。コミカルな振る舞いの裏には、周囲をよく見ている繊細さがあります。
シリアスな展開が続く物語の中で、彼がいるだけで場が少し明るくなる。その効果は計り知れません。
特筆すべきは、「友達とは何か」という問いに対する彼なりの答えを、行動で示した点です。他人の顔に「×」が見えていた将也にとって、友情は恐怖の対象でした。
それでも永束は、言葉や理屈を超えた関係性を体現します。文化祭での映画制作では空回りしながらも仲間をつなぎ止めようと奔走しました。その姿は、彼なりの愛情表現そのものです。
「友達の証」として手のひらをかざすあのポーズは、象徴的な名シーンでしょう!
無条件に肯定してくれる存在が一人いるだけで、人は再び前を向ける。その事実を体現したキャラクターとして、永束友宏は極めて重要な役割を担っています。
第1位:石田美也子
映画『聲の形』公式サイト
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
石田美也子の魅力は、まず何よりも逃げずに責任を背負う覚悟と、その強さにあります。
小学校時代、将也が補聴器を壊してしまった際、謝罪に来た彼女は迷うことなく多額の賠償金を用意しました。
さらに、自らの耳に傷を負うことで誠意を示す――この行動は、映画では直接的には描かれていませんが、原作では詳細に描写されています。
単に子どもを叱るだけで終わらず、「自分が犯した罪の重さ」を共に背負い、体現するその姿勢には、親としての究極の覚悟を感じさせます。
美也子のもうひとつの凄みは、「生きてさえいればいい」という全肯定の愛です。将也が絶望のあまり飛び降りようとしたとき、彼女は激しい感情を抱きつつも、札束を燃やしてまで息子を引き止めました。
この母の愛があったからこそ、将也は自分を許すための第一歩を踏み出せたのです。
さらに美也子は、自分の息子だけでなく、硝子や結弦、さらには将也の友人たちにまで等しく温かさを示す、圧倒的な包容力を持っています。
硝子の母・西宮八重子に対しても恨み言を口にせず歩み寄ろうとする姿勢、結弦が家出してきたときには自然に食事を出し、安心できる居場所を提供する態度――こうした日常的な行為こそが、バラバラだった登場人物たちの心を少しずつ溶かしていく重要な役割を果たしているのです。
個人的に感じるのは、美也子の凄さは「大きな言葉」ではなく、日常の行動そのもので人の心を動かすところにある、という点です。
【番外編】許せる登場キャラクター
石田将也
映画『聲の形』公式サイト
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会
主人公である石田将也は、今回のランキングには入れませんでした。理由は明確で、彼は幼少期と現在で全く異なる人物像を持っているためです。
確かに作中での罪の重さはトップクラスですが、最終的には罪を償い、誠実な人物として描かれています。
将也の特筆すべき点は、まず自分の過去の行いを一切正当化しないことです。「子どもだったから」「周囲もやっていたから」といった言い訳は一切なく、ひたすら自分自身を見つめ、後悔と自己批判を繰り返します。
この徹底した自己反省こそが、彼を単なる加害者で終わらせない理由です。
また、彼は自らの痛みを通して他者の苦しみを理解しようとしました。
中学・高校時代には孤立し、周囲から拒絶される経験を積むことで、硝子が味わった孤独や恐怖を「想像」ではなく「自分の体験」として理解します。こうしたプロセスは、彼の誠実さと真剣さを端的に示すものです。
将也の贖罪は言葉だけではありません。硝子と再会するために手話を必死で覚え、アルバイトで賠償金を返済しようと努力するなど、行動で示すことに徹しています。
特にクライマックスで命を賭して硝子を救う場面では、彼の本気が誰の目にも明らかになりました。
さらに注目すべきは、彼の行動原理が「自分が許されたい」ではなく、常に「傷つけた相手の未来を願う」という一点に集約されていることです。
硝子が幸せであることを心から願い、そのためにできることを行う無私で不器用な姿勢は、最終的に周囲の心も動かす力を持っていました。
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会様より引用
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